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「走って終わり」じゃない。せとだレモンマラソンとゴールドウインがカーボンオフセットに取り組む理由。

多くの人と物が動くマラソン大会では、どれほど配慮してもCO2排出をゼロにすることはできません。せとだレモンマラソンでは、その現実から目を背けることなく、「カーボンオフセット」や「マイボトルラン」の導入といった取り組みを通じて、環境負荷を抑える挑戦を続けています。「ゴールドウイン」とともに進めるこの試みは、マラソン大会のあり方にどんな問いを投げかけているのでしょうか。取り組みをサポートする「Permanent Planet」代表・池田陸郎さんに話を聞きました。

■プロフィール
池田陸郎(いけだ・りくろう)
Permanent Planet 株式会社 代表
「未来に地球を残したい」をコンセプトに、企業や自治体に対して環境経営支援や環境教育事業を行うコンサルティング会社「Permanent Planet 株式会社」代表。CO� 排出量の算定やカーボンオフセットの設計・運用にも携わる。社名の「Permanent Planet」は、「永続的な惑星」を意味する。

 

環境負荷の中心は「移動」。だからこそ、まず「可視化」する。

――まずは「Permanent Planet」が展開する事業について教えてください。
池田:私たちは、企業や自治体と伴走しながら、サステナビリティの取り組みを支援する会社です。私自身も自然の中で遊ぶことが好きですが、その一方で、移動するだけでも CO� は出てしまうし、アウトドアギアには化学素材も多く使われています。自然を楽しむ行為そのものが、環境と無関係ではない。だからこそ、事業の根幹には「大切な自然を残したいと思う人を増やしたい」という思いがあります。
自然を大切にすることが、特別な取り組みではなく、当たり前な世の中にしていく。そのために、計画づくりから社会に伝える表現まで、クライアントと一緒に考えています。
――マラソン大会のような大規模イベントでは、どのような点が環境負荷につながるのでしょうか。

池田:いちばん大きいのは人の「移動」です。車や公共交通、宿泊など、大会がなければ発生しなかったCO2が生まれる。次に、会場でのエネルギー使用や廃棄物も挙げられます。飲食ブースで発電機を回せば燃料を使うし、物販があればゴミも出る。それらを数値で可視化し、地球にどう還元するかを考えることが重要になります。

 

カーボンオフセットは「出た分を、別の場所で埋め合わせる」仕組み。

――この大会で導入している「カーボンオフセット」とは、そもそもどのような取り組みなのでしょうか?
池田:「カーボン」は炭素、「オフセット」は相殺するという意味です。先ほど言った通り、イベントを開催すればCO2はどうしても排出されます。まずは排出を減らす努力が大前提ですが、それでも避けられなかった分を、別の場所で吸収・削減した量で埋め合わせる。それがカーボンオフセットの考え方です。
たとえば森林整備や植林活動を行うと、木が育つ中で空気中のCO2が吸収されますよね。その「CO2を減らした分」を環境価値として数値化したものを「クレジット」と呼びます。そのクレジットを使って、自分たちが排出したCO2を差し引く仕組みになっています。

――せとだレモンマラソンでカーボンオフセットを導入したきっかけは?

池田:大会の性格が大きいですね。せとだレモンマラソンは、記録を狙う大会というより、島の景色や食、旅としての体験を楽しみに来る人が大半です。マイボトル給水を導入するなど、環境や健康への感度が高い参加者層が多いのも、この大会の特徴だと思います。

そして、あの景色を守らなければ、大会の魅力そのものが続いていきません。CO2は目に見えませんが、温暖化が進めば環境も景色も変わっていく。だからこそ、まずは排出を可視化し、「守るための行動」を大会の中に組み込もう、という流れで取り組みが始まりました。

 

大事なのは数字より、「循環に参加している実感」。

――カーボンオフセットに、海のCO2吸収を活用する「Jブルークレジット」を選んだ理由を教えてください。

池田:理由は大きく二つあります。ひとつは、「海もCO2を吸収している」という事実を知ってもらうためです。森がCO2を吸うイメージは広く知られていますが、海の中の生物もまたCO2を吸収しています。海藻類はその代表的な存在で、実は大きな役割を担っています。

もうひとつは、尾道市内でブルークレジットを生み出すプロジェクトがすでに動いていたこと。NPOや漁協、市役所が連携し、干潟の藻場を再生する取り組みが進んでいました。大会で排出されたCO2を、同じ地域の海の再生につなげられる。「地産地消型」として成立させられる点が、大きな決め手でした。

――クレジット購入の先が、尾道市の藻場再生事業につながる点について、どのような意味があると考えていますか。

池田:参加者にとって、「オフセットの行き先」が見えることはとても大きいと思います。遠いどこかの話ではなく、走った場所と同じ地域の海に還元される。そのほうが納得感があるし、「自分もこの循環に参加している」という実感を持ちやすい。

藻場再生には環境教育の側面もあります。子どもたちがアマモの種まきに参加することで、海草の役割を知り、その記憶が将来につながっていく。さらに、藻場が回復すれば魚やイカなどの生物が増え、漁獲量にも影響する可能性もある。景観や生態系の回復だけでなく、地域経済の土台にも関わる取り組みだと思っています。

 

「走って終わり」にしない大会の、その先へ。

――前回大会からの取り組みを通じて、課題や今後の可能性をどう感じていますか。

池田:課題は「伝え方」です。取り組み自体は成立していても、会場ではわかりづらかった。「90トン以上出ていて10トンのオフセットで意味があるのか」という声もありますが、オフセットは「CO2を100%打ち消せばよい」という免罪符ではありません。排出を認め、減らす努力を続け、そのうえで地域に還元する循環をつくることが大事です。

前回大会では、移動由来のCO2排出量が約92トン、参加者1人当たり約67kgと算出されました。このうち、「ゴールドウイン」が10トン分のカーボンオフセットを実施しています。2026年は事務局や協賛企業とも連携し、30トン以上のオフセットを目標に取り組みを進めていく予定です。

――今後、目指していきたい方向性は?

池田:私たちが目指しているのは、「考え方を広める」ことです。「ゴールドウイン」や〈ザ・ノース・フェイス〉のように、自然に分け入る人たちと接点の多いブランドには、大きな影響力があります。その接点で、自然は儚く、守るべき責任があるという気づきを、押し付けではなく日常に丁寧に共感を広げて紡いでゆく。

マラソン大会のように、一度に多くの人へ伝えられる場は、そのきっかけづくりに向いています。せとだレモンマラソンがひとつのモデルとなり、他のイベントにも波及していく。その流れを、これからも一緒につくっていけたら嬉しいです。

Text_Issey Enomoto

 

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